皆さんこんにちは、有限会社アトリエワイズ社長の中川康代です。
(有限会社アトリエワイズの会社案内はこちらです。)
今、私の創業時代を振り返ると、自宅のわずか6畳という狭い部屋からネイルサロンとスクールを一人で始めたのがそもそものスタートでした。現在もまだまだ小さな会社ではありますが、あの頃は今のようなアトリエワイズになるとは想像もしていませんでした。

振り返ると、ここまでの道程は決して楽なものではありませんでした。
今もう一度あの経験を与えられても乗り切れるか自信がないほどです。
試練に出会うたびに「この苦労は私に何を悟らせようと起こっているのかな・・・成長の時期なのかな。」
と、考えるようにして対応したり乗り越えたりを繰り返してきました。

不思議な事に、大変な状況になると必ず救ってくれる人に恵まれて今のアトリエワイズがあると思っています。
局面局面で協力者、精神的に支えてくれる人が現れてアトリエワイズ・・私自身を救ってくれました。

本当に不思議です。
独立した後、2人の子供を授かり、スタッフや周囲の方々のご協力や温かな声援に支えられて今があります。

私は映画好きです。ネイリストという仕事を知ったのは映画でした。
それは私が小学生時代に観た「愛は静けさの中に」という映画。
聾唖者の主人公が愛する人から去り、ネイリストとして独立し、お客様にカラーリングしているシーン。「こんな仕事があるのか」その時に初めて知り、わずか数秒のシーンがいつまでも心に残っていたのです。

私がネイルを始めたのは結婚後でした。
専業主婦の悠々自適な毎日、あくせく働いていた頃の思い出が小さくなり・・やがて点になって消えていきそうでした。
しかし、憧れの専業主婦時代も、すぐに飽き、やがて焦りに変わりました。
社会に取り残されたような焦りや孤独感、何かを始めたいという欲求。

そんな折、追い討ちをかけるように「自分の存在価値、存在意義」を問い始めたあるきっかけがありました。
自宅へ親戚から小包が届いたのです。宛名は主人の名前で中身は私の物でした。
・・・・・ショックでした。私にとっては衝撃的でしたが世間では当たり前の事のようでした。

私は結婚した事によって、この世から消滅してしまったのか・・・心の空虚、得体の知れない孤独感、社会からの断絶、そう感じたのです。

私は誰かのお嫁さんでしかなく、近い将来は誰かのママでしかなくなるのか・・・なぜか孤独を感じてしまいました。

早く、自分のやりたいことを見つけて熱中できるものに出会いたい、社会に必要とされる存在でありつづけたいと渇望するようになりました。

以前勤めていた会社の知り合いの紹介で、スカルプチャー(人工爪)を紹介してもらい。
ネイルサロンへ初めて行きました。なんだかモヤモヤした気持ちが晴れない日々、自分の気持ちを日光に当てるつもりで出かけました。

口頭で説明されても理解できない人工爪が完成するまでのプロセスを自分の目で確認したくて・・・。
実際に見た時にはとてもカルチャーショックを受けました。
接着剤で爪の形のチップを貼り付ける事ばかり想像していましたから・・・・。

そのネイルサロンで、一生懸命スカルプチャーを付けて下さったネイリストさんは髪をいつもカールして身奇麗にして迎えて下さる。約束の時間にはきちんと仕上げて下さる。
こちらの要求に100%以上応えて下さる。

スカルプチャーが自分の爪の上で完成された時には心が裕福な気分で幸せに浸れる。

ネイル美容はそのプロセスと仕上がりの両方を楽しむ事ができる。
爪が綺麗であれば心に栄養が与えられる。
爪というこんなに狭いスペースが勇気を与えたり元気にさせたり、すごいパワーを持っていると感じた。

私はネイルから希望と夢をもらった。
今度は自分が誰かに与えられる立場になれたらどんなにすばらしい毎日だろうと考えるようになった。
仕事には感動がほしい・・・とうとう本当に自分が求めるものを見つけることができたのです。

そんな私がやがてネイル美容を提供する側になった。今のアトリエワイズの創業時当初、本当に辛い事が続いた時期があった。辞めたい・・・そんな気持ちに追い込まれた時のこと。
施術中のお客様がこんなことを語りだしました。

「仕事や人間関係で嫌なことがあっても、ここに来て手を綺麗にすると、気持ちを切り替えられる。頑張って続けてね、中川さん!」


私は涙が溢れてきて、「ええ、頑張ります」といいながら顔を上げられなかった事を思い出します。心では表現できないぐらいその一言に感動しました。
このお客様一人の為でもいいからこの仕事を続けなければと強く決意しました。

私の母は戦争体験者。
その母がネイル美容の修得にお金を掛けることに関していったいどのような反応が返ってくるのか少々不安があった。
母の時代は自由が許されなかった。
女性は自分を主張できなかった時代だ。爪に色を塗る行為は強烈な自己主張の時代だった。・・・周囲の目を気にしなければならない。

そんな時代の母の第一声は「やるべき!」だった。

「せっかく女性として生まれてきたのなら手先を綺麗にしておいてほしい。指先の美しさと幸せは比例していると思う。私は手がいびつでコンプレックスだった。おしゃれも似合わない。そんな手の女性からは幸せが逃げていきそうな気がする。綺麗な仕事だと思うし、子供ができても続けられる仕事でしょ。手に立派な職をつけてあなた自身も綺麗な手でいてほしい。」

その温かな母の一言に支えられ、ネイル美容を始めるための力強い一歩を踏み出す事ができた。

手が荒れている事が「働き者」の証しとされ、それが日本女性の美意識だった時代もあったと聞く。
現在は「指先のお手入れは身だしなみ」といい、母親が娘を誘ってネイルサロンへお越し頂けるようになった。

しかし、ネイルサロンに身だしなみの為に行くという捉え方をしている層は少ない。
「爪が長くなければいけない」とか「色を塗らなければならない」「派手にするところがネイルサロンである」という認識がまだまだ根強い昨今、私達は正しいネイル知識を広め、その良さを伝えていく使命を感じている。

「幸せを手にする…」というが、その「手」をいつも輝かせ、幸運を招きやすいよう準備しておいて頂きたいと願っています。

私は、スタッフを抱えてまでネイルサロンを経営するつもりはありませんでした。
ところが、ネイルスクールアトリエワイズを卒業する生徒さんの人数が増え、「就職したいけど、アトリエワイズでサロンを開業したら中川先生のところで働かせていただきたい!」
という声があり、その熱い声に後押しされてネイルサロンをオープンする事となりました。

当初は、お金もないし、コネもないし、実績もなかったアトリエワイズを、立派なサロンとして立ち上げる事など到底不可能に思えました。
そこで、まずは店舗ではなく、ワンタイムのイベントをさせてもらえるところを探しに、営業に向いました。

私を突き動かしたものは、生徒さんの熱意だったのです。
人間は、自分の為じゃなく、誰かの為に動くとき、とても大きな力を発揮するものだと感じました。私を信じて入学して下さった生徒さんたちに活躍できる場を提供したい!
そんな一心でした。
しかも、当時、ネイルサロンは都心に探しても僅かに点在する程度でした。当然、府中にはネイルサロンもなく、すばらしいネイルの技術を広めたい、その気持ちも高まりました。

ネイルイベントを実施できると決まった時には、生徒さんと手を取り合って喜びました。
初日から、事前告知によって、目を疑うほど数多くのお客様にお越しいただけました。

お客様から頂いた初めての売上金をレジのドロアーに入れる時の「チン!」という高い音を私は一生忘れられないでしょう。実に感動的な一瞬でした。

ネイルイベントは、お客様の声に支えられ毎月定期的に開催され、そして、ネイルサロンとして常設する事になったのです。

今のアトリエワイズがあるのは、立ち上げの時に仕事を掛け持ちしながら頑張ってくれた生徒でもある創業当時のスタッフと、何よりも「お手入れは定期的にやるものだから、いつもイベントをしてほしい!」というお客様の有難いお言葉に他なりません。

アトリエワイズを継続的に運営できたのは、諦めなかった自分もいたからですが、自分一人で作り上げたような驕りを捨て、感謝の気持ちを忘れずに頑張りたいと思います。

      これからもアトリエワイズを温かく見守って応援して下さいね。
                         有限会社アトリエワイズ 代表取締役 中川康代
               社長日記:「ネイルな女社長のきままなダイアリー」毎日更新中!


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